誰にでもある
「ふぁ〜」
大きなアクビを一つしながらロックオンはシューっとプトレマイオス内にあるラウンジの扉を開けた。
ラウンジの中には刹那が一人でコーヒーを飲んでいた。
「あれ?ココには刹那だけか」
そういうロックオンの顔を見て刹那は驚いた。
「どうしたその顔は」
刹那が驚くのも当たり前だ。
目ははれぼったく、目の下にはくっきりクマが出来ていた。
そして目が充血していたのである。
「いやさ〜、ミススメラギに借りたディスク見てたら朝になっちまって」
ロックオンは苦笑しながら答えた。
刹那は一つ大きなため息を付いた。
「マイスターとしての体調管理がなっていないな」
「うわ、それきっつ」
刹那の言葉に、ロックオンは反論した。
「でも、悪いのは俺じゃない!このディスクだ!」
ロックオンは腰に腕を置きディスクをこれをみよがしに突き出して何故か力説した。
「このディスク、マジ面白いんだよ〜一枚見るともう一枚って次次見たくなるんだよ〜」
そんな子供みたいなことを、と刹那は思った。
呆れた顔で見返してくる刹那をロックオンは「ほんとだって!」と更に付け加えた。
「ソレよりミススメラギ見てねぇ?」
「・・・いや、見ていないが」
「そっか〜ブリッジにも、部屋にも居ないからココだと思ったんだけどなぁ」
はぁ〜とため息を付きながらロックオンは肩を落とした。
仕方が無い、他を当るかと思った瞬間、後ろから声がかかった。
「ソコに立たれてると邪魔なんだけど〜」
ソコに現れたのはスメラギだった。
「おっと!ナイスタイミング!ミススメラギ」
「なに?ソレよりどいてくれない?」
「それは失礼」
そういうと、ロックオンはラウンジの扉の前から中へ一歩移動した。
「で?ロックオンは私に何か用事?」
「あ〜この借りてたディスク返そうと思って探してたところだったんですよ」
「あらそうだったの?ってあなたなんて顔してるの!?」
流石のスメラギもロックオンの形相に驚いたらしい。
「ソレにそのディスク貸したの昨日じゃない!?」
「いや、一話見たら次がどうしても気になって」
苦笑するようにロックオンは気が付いたら一晩見ていたと答えた。
一晩といっても、プトレマイオスは宇宙にある。
殆ど一日中夜といってもおかしくない。
そこで、クリニッチ標準時を採用しているわけである。
その、クリニッチ標準時でいう一晩をマルッと使ってロックオンはスメラギから借りたディスクを全て見きってしまったのだ。
「ありがとうございました」
丁寧にそういうと、ロックオンはスメラギにディスクを渡した。
「それにしてもあなたその目、商売道具なんだからどうにかしなさいよ!」
「分かってますって、これからアイシングしながら寝ますから」
そういうと、ロックオンはその場を離れようとした。
「そんなのんきな事言ってちゃダメよ。今から医務室行きましょう」
「へ?」
ロックオンは驚いたような声を出した。
アイシングして眠ればこんな目の腫れなんか収まってしまうのに医務室だなんて。
「新しく、目の疲れに効く目薬が入ったって聞いたのよ、ソレ使ってもらいましょう」
そう言うと、スメラギはロックオンの手を引き始めた。
しかし、ロックオンは動こうとしない。
「どうしたの?ほら、目薬さしに医務室行くわよ!」
スメラギが力いっぱい引っ張ってもロックオンはピクリとも動かない。
というより、動こうとしない。
「どうしたの?ロックオン。もしかして医務室が嫌いとか?」
「いや、何ていうか・・・」
ロックオンは尻すぼみに曖昧な答えを返した。
コレは怪しいと感じたスメラギは刹那に声をかけた。
「刹那!そこでコーヒーなんか飲んでないでロックオンを引っ張って!」
いきなり話を振られた刹那はどうしたものかと二人を見やった。
ロックオンが嫌がる姿を見て見たいという欲求はあった。
「刹那!手伝わなくていいぞ、そのままそこでコーヒー飲んでろ」
二人の攻防を交互に見ながら刹那の欲求は次第に大きくなっていった。
医務室が嫌いなロックオン。
そんな子供のようなロックオンを医務室まで連れて行ったらどんな反応をするのだろう。
気になる。
その欲求に負け、刹那はスメラギの方を持った。
席を離れ、ロックオンの、握られていない手を握った。
「な!刹那!?お前!」
ロックオンが反論している間にスメラギと刹那はせーの!っとロックオンの身体を引いた。
するとロックオンの身体がふわりと浮いた。
「今よ!」
そういうとスメラギはラウンジから出ると、移動用のバーにつかまりロックオンを浮かせたまま医務室まで運ぶ事にした。
「え!?マジデ!?ちょ!俺の意見は!?」
「・・・そんなものは無い」
ロックオンの反論は刹那の言葉に一蹴されてしまった。
スメラギ、ロックオン、刹那の順で3人医務室へ向かっていく。
その間、ロックオンは足をバタバタさせて反抗して見せたが、二人には全く効かない。
途中で、足が付き踏ん張ってみたが又引っ張られ宙に浮いたまま運ばれていった。
2ブロックほど先にある医務室まで、ロックオンを運んでいった。
医務室に近づいていくに連れて、ロックオンの身体は段々固くなっていった。
刹那はその様子を内心楽しげに見ていた。
ロックオンは大体の事なら何でも受け入れてくれる。
しかし、ココまで反抗するなんてことはマズ無い。
だからこそ余計に楽しいのだ。
シューっと扉の開く音がした。
医務室に到着したのだ。
ロックオンの身体は完全にガチガチになっていた。
「どうかなされたのですか?」
30代後半の女性が声をかけてきた。
彼女がCBの医師である。
簡単な傷から大きな手術まで行うという凄腕だ。
「見てください、ロックオンのこの目!目薬一発さしてやってください」
スメラギはそう言うと、ロックオンを女医である彼女の前に座らせた。
「あらあら、寝不足じゃなくて?それにしてもこの充血、何かをみてらしたのね」
彼女の所見は全く持って正解だった。
さすが凄腕といったところだ。
「そうね、コノ間入ったばかりの目薬が丁度いいかしら」
そういうと女医は棚へ向かって歩き出した。
ロックオンはその間も抵抗をしていた。
逃げようと必死に身体を動かしていたが、スメラギと刹那の2人に全力で押さえつけられていたのだ。
「あったは、これこれ。疲れ目に良く効くのよ」
そういうと目薬を持って近づいてくる。
片手には目薬注入用の器具も持っている。
ココは宇宙だ。プトレマイオス内はある程度重力があるとしても、ソレは気休め程度にしかならない。
真上から目薬をたらすと薬が宙に浮いてしまう。
そこで開発されたのが、先端が細く、穴の開いた注入機である。
この注入気を目の隅に差し入れ、目薬を注入していくのだ。
勿論、一人一人の目の中に入れるため衛生面を考えて使い捨てになっている。
「さ、目薬を点しましょうか。こっちを向いて?」
そういわれたロックオンは思いっきりそっぽを向いた。
「あらあら、そんな方を向いたら目薬がさせないでしょ?」
女医は優しく言葉をかけた。
しかし、ロックオンは一向に顔を女医の方へ向けない。
「頼む!止めてくれ!」
ロックオンが懇願する。
どうやら目薬を点される事が嫌らしいことが分かってきた。
「ねぇ、ロックオン?あなたまさか目薬が怖いの?」
「な!?」
そう言われロックオンはスメラギのほうを見やった。
「そ、そんな事は・・・」
ロックオンの言葉は尻すぼみに消えていく。
しかし、言葉と行動ですでにばれているも同然だ。
「子供じゃないんだから、素直に目薬点されなさい!」
スメラギの言葉に言葉をかけられたロックオンはそれでも女医の方を向くことを拒否し続けている。
「仕方ないわね」
そういうと女医は自ら方向を変えだした。
ソレにあわせてロックオンは顔の向きを変える。
そこで仕方なく、スメラギと刹那は女医の居る方にロックオンの顔を固定した。
「な!何すんだ!」
「はい、良い子ね〜そのまま目を開けててね〜」
女医は子供をあやすように声をかけた。
しかし、ロックオンは目を思いっきりつぶったのである。
「あらあら、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない」
「ソレくらい嫌なんですよ!」
ロックオンは半ば叫ぶように女医の言葉に反論した。
しかし、女医は負けることなくロックオンの目を力いっぱい開け、少し開いた隙間に目薬をたらした。
「ああああ!!!」
ロックオンは悶絶すると身体をくの字に折った。
「あらあら、それじゃぁ反対の目に目薬させないじゃない」
その言葉を聴いたスメラギと刹那は、思いっきりロックオンの身体を起こすと、女医の方へ顔を向けた。
そして、又同じような手口で反対の目にも目薬を注入された。
「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
言葉にならない声を上げながらロックオンは両目の間を思いっきり押さえているようだった。
目薬の一体何が嫌なのか。スメラギや刹那には全く分からない。
「ぅぅぅぅ、しみる・・・」
ロックオンの呟きを聞いた瞬間、スメラギは笑い出した。
「アハハハハハハ」
「な!笑う事無いでしょう!」
「ゴメンゴメン!でも、まさか目薬がしみるのが嫌であんなに抵抗してただなんて」
スメラギは目の隅に涙を浮かべながら笑っている。
誰にでも苦手な物の一つくらいあったっていいじゃないか。
ロックオンは内心反抗の言葉を述べていた。
「ソレよりも、目をパチパチしてね。そのほうが良く薬が回るから」
女医は一向に目を開こうとしないロックオンに対して言葉を投げかけた。
ソレはロックオンにしてみれば死刑宣告のようなものだった。
今目をあければ余計にしみる。
目を閉じているだけでコレだけしみているのに、目を開けたらスースーして余計にしみる。
それだけは嫌だ、避けたい。
「ほら、目パチパチしなくちゃダメだってよ?ロックオン」
「・・・嫌です」
頑なにロックオンは目を開けることを拒んだ。
「この目薬そんなにしみたかしら?皆、目がスッキリするって喜んで点して行ったわよ?」
「ソレは目薬が平気な人の言う事ですよ」
ロックオンは全く目を開ける気配を見せない。
段々、目の中の清涼感が取れてきたが、まだしみている。
「あああああああ、何でこんなにしみるんですかこれ」
ロックオンは一人呟いていた。
「やっぱり、アイシングして速攻寝ればよかった」
ロックオンは一人で嘆いた。
せっかく、早くスメラギに返そうと思って眠いのを我慢して動いていたのに。
こんな事になるのなら、仮眠を取ってからにすれば良かった。
そんな事を思っている間に、しみていた目が大分楽になった。
そこでロックオンは目を開けてみることにした。
「くわ!」
やはり目を開けるとスースーする。
ここまでくると、もう薬が回る回らないの問題ではない。
目が開けられるか開けられないかの問題なのだ。
「なんだ、まだしみているのか?」
思いもよらず刹那が声をかけてきた。
「いや、目を閉じてれば平気なんだけど開けるとスースーすんだよ」
「・・・そうか、悪いがその目薬、俺にも点してくれないか」
刹那の思わぬ提案にスメラギが驚いた。
「ええ、構わないわよ」
そういうと女医は注入機を交換すると刹那へと点眼した。
確かにスーッと清涼感のある感じはする。
しかしソコまで嫌がるほどの物ではない。
「ロックオンは本当に目薬が嫌いなんだな」
本人は冷静に言ったつもりだったが、声のトーンが何となく上がっていた事に気付いた。
スメラギや女医という他人んが居る前でコレはヤバイと思った。
しかしロックオンはそんな事を気にすることなく言葉を発した。
「お前、自分と人を比較して楽しんでるだろ」
「・・・別にそんなつもりはない」
刹那はそ知らぬふりで答えた。
クッソゥと思いながらロックオンは目を開け、思いっきりパチパチとし始めた。
どうやら刹那の一言が悔しかったらしい。
「くっそ、やっぱりスースーする・・・」
ロックオンはそういいつつもようやくあけられるようになった目でスメラギと刹那を睨んだ。
「嫌だって言ったじゃないですか」
「でも、あなたの目凄いことになってたんだもん、ソレに目薬が嫌いなんて知らなかったし」
「う・・・」
確かにそうだ。
スメラギや刹那が目薬が嫌いなんて知るはずが無い。
「素早く逃げなかったロックオンが悪い」
刹那に言われ、ロックオンは確かにそうだと自分を恨んだ。
「さてと、部屋へもどろうかしら」
スメラギの言葉で一同は移動する事を決めた。
「ありがとうございました〜」
スメラギは明るい声で女医に声をかけると一同は部屋を出た。
移動用のバーを持ちながらロックオンは未だに目をしばたかせていた。
ソレを先頭を行くスメラギに見られた。
「本当にロックオンって目薬嫌いなのね」
「悪いですか?」
「べっつに〜」
クスクスと笑いながらスメラギは楽しそうに移動して行く。
そして、おのおのの部屋への分かれ道で別れると、ロックオンは災難だったと思いながら自らの部屋へと入っていった。
部屋備え付けの冷蔵庫の中には、ゲル状のアイマスクが入れられていた。
そして、ベットへ寝転ぶとソレを目の上に乗せた。
「あ〜〜やっぱコレだよ〜〜」
そういうとロックオンは一人眠りの淵へと落ちて行った。
その頃、スメラギは部屋にディスクを置くとすぐ医務室に戻っていた。
シューっと扉を開けるとスメラギは声をかけた。
「すみませ〜ん」
「はい」
「さっきよりも清涼感があって、疲れ目に効く目薬もらえませんか?」
嬉しそうにスメラギは女医に言った。
「ええ、構いませんけど。何に使われるんですか?」
「ふふふ、ええ、まぁ」
楽しそうにスメラギは含み笑いをたたえながら答えた。
そして、女医から目薬を受け取った。
「これって毎日使うとどのくらいで無くなるんですか?」
「きちんと点眼すれば一月ほどでしょうか」
「一月!?ん〜〜、これ2週間分に分けてもらえます?」
「構いませんけど」
そう言われ、女医は目薬を空いていた点眼用容器にうつした。
そしてソレをスメラギに渡した。
「ありがとうございます」
「いえ」
スメラギは相変わらず楽しそうに答えながら医務室を出て行った。
そしてその足でラウンジへ向かった。
ラウンジは先ほどとは違い、賑やかさをたたえていた。
その隅で相変わらずコーヒーを飲む少年に声をかけた。
「刹那、悪いけどこの目薬、ロックオンに渡しといてくれる?」
「何故、俺が?」
「まぁいいから、いいから」
楽しそうなスメラギは刹那の前に目薬を置いた。
「これ、2週間分入ってるの。それ使い切ったらきちんと私に見せるようにしてね」
そう言うと、スメラギはヒラヒラと手を振ってその場を去った。
取り残された刹那はどうしたものかと思案していた。
素直にロックオンに持っていくべきか。
しかし、スメラギのことだ先ほどのロックオンの反応を見ている。
簡単な目薬ではないだろう。
刹那は先ほどの言葉を反芻した。
そこである事に気付いた。
この目薬を誰が使えとはスメラギは言っていない。
それに、誰がもってこいとも言っていない。
ただ、ロックオンに渡せといわれただけだ。
そうなれば答えは一つだ、アレだけ目薬を嫌っていたロックオンだ、この目薬にかなり苦戦するだろう。
ならば自分が使ってしまえばいい。そして、自分が持ていこう。
刹那はそう決め、目薬を見つめていた。
その頃廊下を移動していたスメラギは一人フフフと笑っていた。
「コレで目薬を刹那が持ってきたら私の予報は正解ね」
はい、私の完全な決め付けです!
誰にでもある苦手な物と言うことでした。
目薬嫌いなんですよ〜私がw
なので、ロックオンも嫌いと言う事にしてみました。
それだけです、それだけの話なんです。スミマセン。。。